「パーソンセンタードケア」とは、認知症の人である前に人として尊重し、個人として捉える考え方の1つです。
本記事では、パーソンセンタードケアの原点や気をつけたい視点をまとめました。またパーソンセンタードケアの中心となる5つの要素、その考え方や理解について解説していきます。
認知症ケアの考え方の1つであるパーソンセンタードケア。認知症である前に同じ人間です。「人として尊重し、その人に合ったケアの方法を考えていくこと」が基本です。
1980年代末、イギリスの老年心理学教授であるトム・キットウッドによって提唱されました。この時代、認知症の人は「自分のことがわからない人」「奇妙な行動をとる人」と考えられ、介護者優先の介助が一般的でした。人として敬う気持ちはなく、物を扱うような介助が当たり前。認知症の人は、何も理解ができない、介助がないと生活できないと蔑まれていたのです。
トム・キットウッドは認知症の人に対しての考え方を変えることで、介護ケアの改善がみられ、認知症の人も落ち着いて暮らしていけると確信し、パーソンセンタードケアが始まりました。
パーソンセンタードケア以前では、認知症の人に対しては最低限の日常生活を営むための介助だけが必要なケアと考えられていました。しかし認知症の人の行動は個人によって違いがあります。1人として同じ人はいません。研究者によって観察され、個人によって生活歴や習慣など社会的な行動や背景が違うため、その人に合った方法でケアすることで認知症が改善できるかもしれないと考えられるようになりました。
認知症の人をひとまとめにするのではなく、個人として考えることで認知症の理解が深まるきっかけになりました。
大切なことは、個人としての尊重です。認知症の症状は人それぞれ違います。自分のことが何もわからない人、同じ行動を繰り返してしまう人、同じことを何度も聞いてしまう人などさまざまな人がいます。「認知症の人」と同じ言葉で伝えることはできません。本人の言葉に耳を傾け、認めることが認知症の回復やその人本来の姿を引き出すことを可能すると言えます。
誰も無意味な行動は行いません。認知症の人も同じです。言葉で伝えられない分、疾病の特性や他の要因によって、行動として表れていることがほとんどです。
認知症は、アルツハイマー型認知症が約半数を占め、レビー小体型認知症、脳血管障害と続いています。特にアルツハイマー型認知症は認知機能障害である物忘れから始まります。進行とともに「もの盗られ妄想」や「徘徊」が症状として現れることが多いです。
レビー小体型認知症は、認知機能障害の中でも注意力や視覚の低下、進行すると幻視や妄想、うつ状態、パーキンソン症状などを伴います。脳血管障害は、認知機能障害でもまだら認知症が多いです。
認知症の種類によって症状は異なりますが、進行して以上のような症状が現れると、正常な状態でいられないことがほとんどです。その際に、間違っていることを正すのではなく、認知症の人がなぜそのような行動をしているのか、認知症の特徴を理解して関わる、声掛けをすることが大切なのです。
健康状態が加齢に伴い、低下するのは自然なことです。しかし、認知症の人は自分で表現ができない人が多く、体調不良や身体機能の低下によって心身の状態が変化することがあります。たとえば、便秘や脱水があっても、不快感や倦怠感を伝えることができず、問題行動となって現れることがあります。その他、高齢者に多い白内障で視界がぼやける、耳が聞こえないことによって意思疎通が図れないなどがあげられます。
認知症の有無に関わらず、生活してきた過程はさまざまです。過去の職業、習慣、友人とのつき合いなどによってその人を知るきっかけになります。
たとえば、夕方になると帰宅願望が強くなる人に対して考えてみます。問題行動として出ていかないように気をつけても症状が治まることは残念ながらありません。専業主婦として自宅で子どもの帰りを待っていた、サラリーマンとして定時になれば帰宅していた、などその人の過去の生活習慣を考えれば、帰宅願望の理由と結びつくでしょう。
以上のように過去の生活状況によって現在の行動の理由を垣間見ることができます。
生まれ持った性格を把握することは大切です。持っている性格が認知症によって急に変わるわけではありません。たとえば、「明るい人」と「物静かな人」、「世話好きの人」と「人に世話をされることを苦手に思っている人」など性格は人によって異なります。認知症になって自分のことを伝えることができなくなっても「物静かな人」に明るく挨拶を求めても負担になるだけです。もともとの性格を考えていない関わりは不信につながる恐れがあります。
生活してきた環境や社会は認知症にとって気をつける必要があります。認知症では、見当識障害と言って時間や場所がわからなくなることが多く見られます。しかし時間や場所がわからない人と片づけてしまうと、自分がのけ者にされていると敏感に感じてしまいます。誰にだってプライドはあります。環境や社会から疎外感を感じるようになってしまいます。
認知症は、「脳の障害から起こる行動」「身体状況の把握」「現在に至る生活歴」「生まれ持った性格」「生活してきた環境や社会」に対して個別に掘り下げていくと、行動や状態を知るきっかけになります。「パーソンセンタードモデル」と言い、その人にとって必要なケアを考えるきっかけになります。
トム・キットウッドは認知症の人の気持ちに寄り添うには、5つの心理的ニーズを理解するべきと提唱しています。以下のことが具体的なニーズとしてあげられます。
「自分が自分であること」を意味します。認知症の人は記憶が途切れる部分があるため、自分がわからなくなってしまうと希望や気力が失われやすくなります。どのような状況になっても個人に変わりはありません。他の人とは違う「自分らしさ」を満たしていくことが重要です。
「結びつきによる安心感、昔からのこだわりや愛着」を意味しています。認知症になっても人や社会のつながりの中で生活していることに変わりはありません。これまでの環境を変えない、人とのつながりを続けていくことは認知症の人にとって大切です。生活習慣を否定せず、あるがまま受け入れていくことは安心感につながります。
自分から行動したい、手伝いたいという気持ちを大切にして「携わる」環境を整えることです。花を育てる、他の人の手伝いをする、身だしなみを整えるなど、何かをしたいという気持ちは前向きな気持ちです。できることが増えると、社会との関わりが実感できます。
「他者との関わりを持って共に生活していくこと」を意味しています。人や社会のつながりを実感できます。認知症の人は何もわからないと思われ、無視される場面があります。「何もわからない」と決めつけることは、認知症の人をのけ者にしているのと同じです。例えできることが限られたとしても、会話に参加してもらう、一緒に考えてもらうことで認知症の人も自分が関わったという気持ちが生まれ、実感ができます。
「くつろぎや親密さは、リラックスしている、身体的な苦痛を感じないこと」を意味しています。安心の感情と言えます。不安や不快な感情ではなく、心身ともにリラックスしているかを考えることが大切です。
5つの心理的ニーズの中心には常に「愛」があります。すべてが満たされることで周囲に尊重されていると感じ、心が落ち着いた良い状態になると考えられています。
穏やかな気持ちでいられれば、落ち着いて過ごすことができます。一方で自分を否定される、のけ者にされるような状態では、落ち着いていることはできません。認知症の前に人としての精神状態を考えましょう。また落ち着いていられる状態と落ち着いていられない状態は、はっきり分けられるものではありません。小さな心の変化を読み取ることが求められます。
以上の状態が例としてあげられます。
以上の状態が例としてあげられます。
まずは話を聞くことです。認知症を発症したからといって何もわからない、伝えられないわけではありません。断片的に理解している、感情も残っていることが多いです。一方で、話を誰も聞いてくれない、自分をいつも除け者にしているとわかると、心を開くことはできません。一度負の感情を抱くと、負の感情が大きくなり、信頼関係が得られなくなります。基本は、認知症を特別視せず、同じ人として接することです。信頼関係を得られると、落ち着いていられる状態が増えていきます。
パーソンセンタードケアは認知症の有無で区別せず、人として敬い、その人となりで考えていくことです。難しいケアではなく、特別な手法もいりません。まずは本人の話を聴く、言葉が難しい場合は、認知症の特徴や周辺症状を理解し、行動の意味を考えて声なき声に耳を傾けていくことです。小さな反応を見逃さない、一緒にいること、寄り添うことが認知症の人との一歩につながっていきます。
【参考文献】
パーソン・センタードケアって何?―認知症介護情報ネットワーク
認知症介護情報ネットワーク
認知症介護情報ネットワーク(DCnet)>研究報告書>報告書詳細
(c) 2025 LIKE Staffing, Inc.